中・高生時代について

ケミストリーを楽しむ

英語 / 大松 達知

Q1 先生は中学生・高校生時代どんな生徒でしたか。

ぐうたらな中学生活と希望をもった高校生活に分けられますね。完全6年一貫校でメンバーは変わらなかったのですが、高校生になってなぜかやる気が出てきました。

中学では父親の勧めもあって剣道部に入りました。剣道そのものはアメリカ留学中にもやっていたくらい好きですが、当時はやらされている感じが好きではなかったです。それで2年で辞めてしまいました。

それからプロ野球をよく見に行きましたね。高校1年生のときには70試合くらい。野球観戦を通じてたくさんの友人と話す時間を持てました。試合やプレーだけでなく、データ分析や選手についての話題など、個人の関心や物の見方を交換するのにとてもいい共通の話題なんです。大げさにいえば、その人がどういう態度で世界と接しているかを知る物差しでもあるんです。いまでもアメリカのビジネスの場で一番大切なのは野球とアメフトの話題だと言ったりしますね。

けっきょく、筋のとおったクラブ活動生活を送れなかったのは悔やまれますが、時間があったので誘われればどこにでも付いてゆきました。友人の家や映画や展覧会やボーリングやコンサート。関西プロ野球観戦ツアーとか、奈良の薬師寺の夏季寺子屋合宿体験の先生役なんていうのもやってました。ポップミュージックもよく聴いてました。ラジオで学んだものも大きかったかもしれません。その全体が自分のクラブ活動だったんじゃないかなと思っています。

 

Q2 先生の中学校・高校時代の今に繋がる思い出を教えてください。 

大切な出会いがありましたね。社会科の奥村晃作という先生です。(じつは私は高校時代からずっと短歌を作ったり読んだり批評文を書いたりすることを軸に生活をしています。)

奥村先生は、公民や日本史の授業の中で自作の短歌を黒板に書いて紹介してくれました。短歌と聞くと身構えるかもしれませんが、例えば、

・ボールペンはミツビシがよくミツビシのボールペン買ひに文具店に行く

・イヌネコと蔑(なみ)して言ふがイヌネコは一生無所有の生を完(まつた)うす

・結局は傘は傘にて傘以上の傘はいまだに発明されず

のような、率直に言って奇妙な短歌です。でも、それに惹かれて先生の著書を購入して読んだことが、私が短歌に深入りしてしまったきっかけです。(ちなみに奥村晃作氏は、池澤夏樹=個人編集「日本文学全集29巻 近現代詩歌」に明治から戦中生まれまでの歌人50人に選出(穂村弘担当)されています。)

教科とはほとんど関係ない人間的な部分での出会いがひとりの人生の針路を大きく決めてしまったという事例ですね。めちゃめちゃにされてしまったとも言いますけど(笑)。学校や人生というものは、そういう偶然な出会いが重要なのでしょう。目標を決めて突き進むのもいいかもしれないけれど、いろいろと偶然を受け入れてから自分とのケミストリー(不思議な作用)を楽しむこともいいのではないかと思います。

大松 達知

英語 / 大松 達知